いろいろ

今コロナウイルスの影響でバイトが休みになって毎日とても楽しい。家に引きこもっててもつらくなくて毎日やりたいことがたくさんあって全然暇じゃなくて行動がのんびりしてるのもあって時間足りない。

こうなる前の普段ふつうにバイトして働いてた時はお休みの日があると暇ならふらふら出歩いて買い物したりとかして楽しく過ごしてたから、自分にこんなにやりたいこといっぱいあったんだー!と思ってびっくりした。

自分がいままでの生活で疲れててストレスがあったことにびっくりしたし、それにぜんっっっぜん気づいてなかったことにもものすごくびっくりした。
そうだそういえばこういう何の役に立つのかわからない完成したら自分だけが満足するようなことをちまこらちまこらするのが大好きなのだった。なんでこんな簡単なこと忘れてたんだろう。
そうか私は根暗なのか…と思ったけど別にそういうわけでもなくてただただ集団行動が苦手で人に合わせるのが苦手で根がものすごくワガママなんだろうと思う。(こう書くとひどい)

でも自分でこういう人間だってわかってれば人前で多少我慢してても今までほどは疲れないんじゃないかと思う!
とウニヒピリの本読んでて思った。

今読んでる『ウニヒピリのおしゃべり』吉本ばなな/平野アイリーン
図書館の休館が終わる前に返さなければ。

とにかく今毎日楽しくてしょうがなくてもったいなくてTumblr始めた。また生活が戻っても何があってもここに帰ればなんとなく大丈夫っていう場所にしたいな

全く関係のない漫画フィルターをかけたら肉にされた風呂桶に沈めた羽布団

こめこうじ

麹水を作った後の麹を皿に出して放置していたら日に日に進むアミラーゼ反応
火に当ててもいないのに黒くなっていく
おおお…と思ったら白カビ生えてたけどもうしばらくどうなるか見ていたい

麹水飲むのやめると肌ちりめんに乾燥する 気がする いろんなサプリ飲んでるのもあるかもしれないが麹水が一番速攻で効く 気がする

ドアに絵を描いた

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完成した

とてもよい!!可愛い
毎日目に入るからすごく幸せ。

内側の文章なんにしようか考えてYMOの以心電信からもってきた
それで色々書きたいなってtumblrやろうとしたらすでにこのアドレスで作ってますって出てきて、へーって見てみたら昔好きな文章転載してたのが出てきてそこに今まさに作業してる文章転載しててびっくりした
なんとなく選ぶものって自分の中にすごく残ってるものなのかなって思った
tumblrのアカウント1年間使ってなかったら消えるってどっかで読んだからとっくに消えてるんだと思ってた

たぶんずっと同じようなこと考え続けてるんだろうな

過去の投稿は全部テキストで投稿してたので全部引用で投稿し直した ので投稿日は現代になった。
当時よほど好きな文章を厳選してるだけあって今も大好きな転載文章だな…と言いつつ2個くらい消したけど

作業のお写真を貼るわよ

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ドア外して外でイヤホンして歌いながら描いてて、イヤホンがbattery lowと言い出したので歌いながらイヤホン外したら自分がものすごい大声だったからびっくりした(しかも下手くそ 歌詞のわからないところは適当にわじゃわじゃ叫ぶ)
外で叫んで歌いながらドアに絵を描いている中年って怖すぎるだろ 通報されてもおかしくない よく誰も怒らなかったなって思ったけど怖過ぎてだれも注意できなかったのだろう…

でもすっきりしてすごい楽しかった(自分本位)

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↑おそろいの色のラブリコの柱が並んでてラブリーな写真

開けてるところも可愛い!!

家主の許可を取ったので今度はトイレのドアを塗るのだ ピンクでどこでもドアーにするつもり!

作業中のドア外した状態もすごい開放感あって感覚的に家が広くなってそれはそれでよかった

ついでに昔作った傾斜台も合板剥き出しで部屋から浮いていたので塗った い〜〜〜〜感じ
傾斜台ないと5分で疲れるからどんな机でもオプションであるといいのに 最近はあるのか??

部屋の机ラブリコの柱に板つけてる(わかりづらい)高さを変えられます 自慢の逸品である

CDアルバム『YMO GO HOME!』細野晴臣

10.以心電信/YOU’VE GOT TO HELP YOURSELF

これはNHKの企画で、コミュニケーション年のキャンペーン・ソングです。でも、この曲はNHKには嫌われたんですね。詩がわからないと言われたんです。自分自身を助けようということが伝わらなかった。実はこの「自助」っていう言葉は、当時アメリカでやっと芽生えたばかりの思想でね。幼児虐待とか、そういう社会現象の中から出てきた考え方なんですけど、子供たちに自分を助ける術を教育しなくちゃいけないというのがあったんですね。僕はコミュニケーション年なら、テーマはそれだろうと思って、人を助けないで自分を助けろということを言いたかったんですけど、それに日本の大人たちは誰も興味をもってくれなかったんです。

CDアルバム『YMO GO HOME!』細野晴臣

『透明通信』鈴木翁二

これがその夜、ときおり聞こえてくる自動車の排気音と一緒に、著者が歩いた、煙草の燃えつきるまでの距離だったと思います。
両の手の掌を擦り合わせるようにして、閉じた『地上』を想い描いてください。
半分は昼間です。

1992 夏 著者

『透明通信』鈴木翁二

『演劇ってなんだろう』井上ひさし

わたしたちはあらゆるものから自由でありたいとねがっています。いま生物学の最前線で流行している述語を借りていえば、わたしたちは精一杯「ゆらぎ」たいとねがっています。ところがどなたもごぞんじのように、このねがいはほとんどかなえられることはありません。それほどまではげしく自由でありたいとねがっているのに、わたしたちは四方八方から束縛されて生きてゆかなければならないのです。そこでわたしたちは、なんとかして「ゆらぎ」の余地をのこしながら、同時に必要な束縛は受け入れて生きようと思います。このことに成功すれば、束縛は協調という言葉にかわるでしょう。つまりより良く生きるということは、束縛を協調の線に押しとどめておいて、そのうえ各人がそれぞれの個性を生かしながら充分にゆらいでみせることだ、といっていいでしょう。
(数行略)
右の事情は芝居にもそっくりあてはまります。役者たちもまた作者や演出家や作曲家や装置家や振付師や照明家や衣装担当者から十重二十重に束縛されています。彼等は果してそれらの束縛と協調して、自分の個性を、持ち味をゆらゆらとゆらがせることができるでしょうか。

(「the座」3号 一九八五年一月/『日本人のへそ』)

『演劇ってなんだろう』井上ひさし

『四月怪談』大島弓子

あなたの
生きかえらない
心に泣いて
いるんです

とりえって
なんですか?
とりえって
すなわち
あなた自身では
ありませんか

とべないことも
不可能のことも
冴えないことも
みんな
とりえなんじゃ
ありませんか
うっうっ

『四月怪談』大島弓子

『四月怪談』大島弓子

なにを見ても
なにをしても
奇妙に新鮮に
感じるし

見なれた
街なみを見ても
うれしい

コップを
もちあげて
水をのんでも
うれしい

ときには
右足の次に左足を
だして こうごに
うごかして「歩く」と
いう動作にも
感動してる

インベーダー
ゲームできること

運動のあとの
疲労感

たべたときの
おいしさ

見てよ
はっぱが濃くなって
だんだん夏がくる

夏がきたら
海にもいこう
むぎわらかむって
森にいこう

草をふむ
音がするだろう

『四月怪談』大島弓子